プロフィール



ミル(♂)
誕生日:2006年5月6日
お迎日:2006年6月24日
出身地:パスバレー
毛色 :シルバーミット
趣味 :主人の手を狩る

+管理人+
ぴっこ
ミルを飼ってからこのブログ、ミルの話ばっかです(*゚ω゚)ゝ
やる気なしのおで。
たまには人生振り返ってみようかな・・・
続く限り、がんばります。
きっと・・・

いたちツアーズ


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水谷先生2

今、小学生の子が、同級生からお金を取り上げられていたという事件のあった学校の校長先生が、自殺したというニュースが流れてた。

いじめられていた子供の自殺が問題になっているのに、
なぜ助けにならなければならない大人が自殺の見本を見せるのでしょうか・・・

水谷先生のドキュメンタリーを見たと前回書いたが、
その中でとても印象的で心に残った話があった。

====================================================

ある日水谷先生のところに、相談メールの中でもっとも最年少の小学4年生の男の子がメールをしてきた。
「先生、先生の本買ったんだ。生まれて初めて買った本なんだよ。」
でも僕死ぬんだ。だから先生から一言声かけてもらいたくて、メールした。」
と書いている。水谷先生が急いで電話をしたら

子供 「夜回り先生って本当にいるんだ。これで僕死ねる。」

先生 「なにがあったの?話してごらん」

子供 「いいよ!僕、東北の田舎に住んでるんだ。僕の母ちゃん美容室やってるんだぜ。でも田舎だから客が全然こない。うち貧乏なんだ。父ちゃん働かない。競馬とパチンコばかりやってる。母ちゃんもパチンコに夢中。ご飯もあんまり食べさせてもらえないんだ。僕ガリガリだよ。洗濯もお風呂も入れてもらえない。僕くさいんだ。それに僕のおしり『かちかち山』なんだ。」

先生 「かちかち山ってなんだ?」

子供 「僕のお父さんとお母さんね、パチンコとか競馬で負けていらいらすると家に帰ってきて『かちかち山ー』っていうんだ。それ言われると僕、ズボンとパンツをおろさないといけないんだ。」

先生 「なにやられる?」

子供 「おしりにたばこの火を押しつけられる。僕のおしり、たばこでぼっこぼこなんだ。」

子供 「僕、幼稚園の時からいじめられてた。しょうがないんだ。僕くさいから。だれも友達になってくれなかった。小学校1年の時リストカットていうのを覚えたんだ。夜寝るときカッターで手首を切ると、すーっと楽になって、それで寝れる。でもね小学校3年になってそれでもいらいらして寝れなくなった。それでねヒモをもってお布団にいくんだ。先生僕の布団どこかわかる?」

先生 「どこだい?」

子供 「押入なんだ。僕ここしかもらえないんだ。お布団に入って首にヒモをかけてぎゅーっと引っ張るんだ。顔が青くなるまで。死ぬちょっと前まで引っ張る。『あぁいつでも死ねるんだ』と思ったら安心して寝れるようになった。」

子供 「でも今日僕死ぬんだ」

先生 「何があった?」

子供 「今日はひどいいじめにあった。みんなに靴を便器に入れられて、足まで入れられたんだ。先生が通りかかったから『先生、助けて!』ていったら先生なんて言ったと思う?先生『いじめられるのはおまえの方も悪いんだぞ!週に2回でいいから風呂に入れてもらえ、洗濯してもらえ!』でもうち洗濯してもらえない。風呂にも入れてもらえない。だから僕死ぬしかないんだ」

先生 「そうかぁ、つらかったなぁ。ところでおまえの周りにだれか信用できる大人いるか?やさしいな?って思える大人いるか?」

子供 「うん!いるよ。ばぁちゃん校長先生。朝いつも門のところでみんなの頭をなでてくれるんだ。くさいのに僕もなでてくれるんだぜ。僕をなでたあとはみんな逃げちゃうけどね。学校帰りに会ったときなんか俺をぎゅーっと抱きしめてくれるんだぜ。僕くさいのに。『今日勉強したのか』って聞いてくれる。すげぇやさしいんだ。ばぁちゃん先生なら信用できるよ」

先生 「じゃぁその先生に賭けてみようかな。せっかく電話したんだから今日は切るな!死ぬな!そして明日、カミソリとヒモを持って校長室へ行け。校長先生に今までの思いを全部お話ししろ!その上で校長室から先生に電話してこい。もし、それでも死にたいなら先生もう何も言えない。
できるな?」

子供 「それくらいならいいよ。」
といって電話を切った。

次の日ずっと電話を待っていたら暗くなってやっとかかってきた。


子供 「もしもし水谷先生?」

先生 「どうした?」

子供 「痛い!」

先生 「おい、切ったのか!」

と電話口で怒鳴ったら

子供 「違う違う!校長先生がぎゅーっと抱きしめて痛いんだ。おでことお鼻にポタポタポタポタ校長先生の涙。あったかいよー!」

嬉しそうだった。

先生 「良かったなぁ。じゃあ 校長先生に代わって!」

校長 「水谷先生、私はこの子がこんなに苦しんでいるのを知らなかった。校長として失格です。この子は私がなんとしても助けます。どうしたらいいか教えてください」

先生 「この子は虐待を受けているので絶対に家に帰さないでください。今この瞬間から。児童相談所に行ってしかるべきところで預かってもらってください。両親は警察に言って逮捕させます。そしてあなたの学校ではもうこの子を教えることは無理です。この子の預かってもらう施設の近くの学校にきちっとこの子を守る体制を作ったうえで転校させてください。」

でもこの校長先生は児童相談所にこの子を預けませんでした。

児童相談所が止めるのも聞かず、学校に自ら退職届を出して、この子を自分の家で預かったのです。
今年の2月に家庭裁判所から正式に養子縁組の許可が下り正式にこの子はばあちゃん校長先生の子になりました。
今6年生。ばあちゃん校長先生と幸せに暮らしています。

=======================================================

子供の世界って、大人と違って、「学校」、「家」、このくらいしかないんだよね。
その二つの世界でどこにも行き場所が無くなったら、
この子のようになってしまうのは、しょうがないかもしれない。

この子は稀なことかもしれないけど、水谷先生と、ばぁちゃん校長先生との出会いで、幸せになることができた。
でも、自殺をしたいと思っている子供のほとんどは、頼っても良い大人、頼り方、訴え方がわからないまま死んでいってしまうのかもしれない。

ニュースで死んでしまった校長先生。
いじめられた子供は、もしかしたらニュースになったことでいじめは受けなくなるかもしれない。
でも、校長先生が自分のせいで死んでしまったと思って一生過ごさなくてはならなくなってしまうかもしれない。
自殺しか選択肢はなかったのか。。。?

いじめはとても難しい問題。
いじめられる側にも問題があるという人もいる。
「洗濯してもらえ。」って言った先生。
洗濯していない理由を考えたことがないのか?
なぜ風呂にも入れてもらえないのかと疑問を持たないのか?

最近の子供は何を考えているか分からないというが、
この子達のことを見ていれば、たいがいの子供が置かれている状況が、
バカじゃなきゃわかるんじゃなかろうか。

水谷先生は、子供がこうなってしまうのには、大人に原因があると言っています。
そして、リストカットする子供たちに
「切れ!切ってもいい。」
「それは心の叫びなんだから。止めなくていい。」
「ただし、大人の前で切れ。」
と。

この言葉をきいたとき、自分ならなんていうか?
やっぱり、大半の大人と同じように、
「何やってるの!やめろ!」
っていうだろう。

心の叫びをそこで押し殺させてしまう発言をしてしまう。

弱い子は、大人に責められることで、
「自分はいらないこ。こんな自分は死んでしまえばいい」
と思ってしまうそうです。

水谷先生のような先生はいないだろうし、
自分だって、他の人だって、水谷先生のような考えを持っているとは思えない。
でも、水谷先生の話をきいて、考えることができる。

きれいごととかじゃなくて、
ただ子供をほめて、子供の小さな世界を壊さないようにしてあげなくてはいけない。

少しでも、子供のSOSを気づけるように。

水谷先生の思いが少しでも伝わるように。。








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水谷先生

夜回り先生こと水谷先生のドキュメンタリー。

真夜中、何気にチャンネルまわしてると見入ってしまった。
4時間くらいやってが気がするが。。

泣いた。おお泣き。ベッドで真っ暗な部屋で布団に入って何気に
見てただけなのに。。

ぼろ泣き。

最近また、いじめで自殺する子のニュースやら、自殺予告やらが
やたら目に付きます。

生きましょう。。。
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スレッド:つぶやき // ジャンル:ブログ
フェレットを飼うにあたって、
事前にすげー調べたり本を読んだりした。

んで、フェレットといえばこの人というくらい有名な獣医、
「野村潤一郎」氏の本を数冊読んだ。

野村氏著の読んだ本の中で、「飼いたい新書」という本がある。
この本は、特にフェレットについてかいてるわけではなく、
野村氏の経験談などをかいている。

この本の中で、とても印象に残った箇所がある。

「犬は飼い主のことを「神」だと思う。動物の中で唯一、自分の崇める神を、自分の目で見ることができるのが犬であるともいわれている。「犬」という字を書いたときに、「人」が「大」の字に寝ているかたわらに、チョンとついている点、その点が犬なのである。人間がいなければただの点であり、飼い主がいなければ、犬は犬としての存在理由を失ってしまう。」

「犬にとっては飼い主が金持ちであろうと、貧乏であろうとそんなことはまったく関係がない。いかに飼い主が自分のことを思ってくれているかが、一番の関心事なのである。」

上記引用「動物病院 飼いたい新書 プレミアム 野村潤一郎著」

チョンという点が犬・・・
犬の人生のほとのどは飼い主ありき。飼い主がいなければ存在理由を失うという表現は、大げさではないきがする。
犬は1万年も前から、人間を喜ばせるために、人間のためだけに、種を増やし、生きている。
わかってはいるけど、忘れてしまう。
人間には外の世界がいっぱい広がっているが、犬には飼い主と共にいる世界しかないのだ。飼い主が犬を捨ててしまったりほったらかしにしてしまうと、それだけで犬の世界は終わってしまう。神がいなくなってしうまうのだから・・・


捨て犬が後を絶たない世の中、神=唯一にして絶対的存在。
犬が頼れる絶対的唯一の存在だと自覚してほしい。
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愛玩犬じゃないんだ

スレッド:犬との生活 // ジャンル:ペット
数日はふーちゃんのことを思い出しては泣いてたけど、
ふーちゃんは幸せだったと信じたいし、
天国の存在を信じたいし、走り回ってた姿が今では思い浮かぶようになった。

ぱいんたんが掲示板にかいてくれたように、
もっとそばにいてあげたかったけど十分可愛がったと思う。

だけど、
可愛がったのは可愛がったけど、十分世話したかって聞かれたら正直「はい」って言えない・・・

ペットを飼うことは、可愛がるだけじゃだめなんだよね。

今はペットブームで犬を飼う人が増えているけど、
ふーちゃんのように歩けなくなって、何が言いたいのか
わからないけどほえて・・・

そういう老犬になることも覚悟して、愛玩犬ていうだけじゃぁ
飼ってはいけないということをわかって飼ってほしい。

実際、うちはふーちゃんが足が弱ってきたときはおでや
おねーちゃんは社会人、学生で家にずっといたわけじゃないから
その間の世話はほぼお母さん。

ふーちゃんがいるから旅行にはまったくいけないし、
丸一日家をあけることなんて無理だった。
朝はふーちゃんのおしっことうんちをさせてから出かけて、
夜はもう夕方4時頃にはふーちゃんが気になるから
誰かが家に帰っていないといけない。
定期的に水をあげておしっこをさせてあげなきゃいけない。
少しでもおなかをこわしてゲリをするとなると、
体にうんちがつくから、毎日寒い冬でも体を洗ってあげなくてはいけない。

そういう生活が待っているかもしれないことを覚悟して、
飼ってほしい。

犬は単なる愛玩犬ではない。人間とおんなじように老犬になる。

ふーちゃんの世話をちゃんと最後までできなかったことに後悔しても
もう遅いけど、泣いた理由はそこが実は一番強い理由・・・

もう泣かないと思ってたけどやっぱこれかいてたら泣けてきた・・・

犬を可愛がる皆さん、わかっていると思いますが、
少しでも世話ができないと思うなら、飼わないであげてくださいね。

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ふーちゃん

スレッド:犬との生活 // ジャンル:ペット
実家のわんこが死にました。
名前はふーちゃん。

金曜から沖縄旅行だった私は、木曜に実家に電話して、
「明日から沖縄行ってくる。」と伝えて、いつもどおり
電話の最後は「ふーちゃん元気?」と尋ねて、「元気よ」という
返事を聞いて切りました

んで、沖縄を楽しんで今日羽田空港についてから
夕方、みんなでご飯でも食べて帰ろうかと言っていたら
お母さんから電話が。
なんだよもう と思って電話にでて、「まだ空港なんやけど」
って言うと、「そうか、それじゃぁまた家に帰ったら」
ってお母さんが言うから、私は「なんか大事な用事?」と
いつもならそのまま切っているのに気になって聞いたら
お母さんが「・・・・うん・・」と。
なぜか、ふーちゃんのことが頭に浮かんで、「ふーちゃんなんかあった?」
って聞いてた。その後のお母さんの言葉が
「ふーちゃん死んだわ」
なんとなく予想してた答えだけど涙が止まりませんでした。
4日ほど前から、あれだけ食欲だけはなくならなかったふーちゃんが
食べられなくて点滴を打ちに行っていると聞いたときから
なんとなく覚悟してたけど、やっぱりあの元気だった姿からは
信じられないこと。

最後に会ったのが8月のお盆に実家に帰ったとき。
もう首もあがらなかったけど、なんとか元気に見えた。
でも、いつもなら東京に帰る日最後に
「ふーちゃんまたね」ってぎゅって抱いて帰るのに、
この間はそれをするのを忘れてふーちゃんの顔を最後に見ないで
帰ってきた。
「またね」って言わなかったから死んだとは思わないけど、
それでも今、「またね」といわなかったことをすごく後悔。
実家にいれば最後に立ち会えたのに東京にでてきたから最後に
会えなかったことも後悔。

実は、私が沖縄に行くという電話をしたときにはもう死んでいたらしい・・・
お母さんとお父さんが私が沖縄にせっかく行くのだからと
帰ってくるまでだまっていることにしたようだ。
もう3日も前に死んでいたことにショックだった。

ふーちゃんはもう骨だけになって実家にいる。
遠くにいるから実感がやっぱりわかない。

でも帰ってももういないのだと思うとつらくてしょうがない。

うちの犬の犬種はだいたい10年が寿命だという。
うちのふーちゃんは17年生きた。
犬は本当に痛いとかつらいとか言わないから苦しかったのかもしれないと
お母さんが言っていた。
そうかもしれない・・・
最後はお母さんが抱っこしているときに息をひきとったらしい。
その姿を思い浮かべるだけでまた涙がでてきてしまう。
写真を見てはもうこの子に触ることができないのかと涙がでてしまう。

ここになぜか書こうと思ったけど、
頭に浮かんだことを書き留めたかったからだけど、
なんかもう頭の整理はつけられそうにないからここでやめとこうと思う。

ふーちゃんは最期 何を思ってたか聞きたい・・・

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